「神戸ハイヤ節」は、もともと昭和49年に神戸市の依頼により、作詞・作曲したものに、平成5年の「中央区大盆踊り大会」の開催にあたって、「中央区編」として歌詞を作り直したものであります。そもそも「ハイヤ節」とは、熊本県牛深市が発祥とされており、それが北前船等により全国的に広められたもので(※)、当時、港町として栄えていた兵庫の津(現在の神戸港)でも唄われていたと考えられています。また、「ハイヤ」とは九州地方の言葉で「南風」を意味し、「ハイヤ節」の発祥とされている「牛深ハイヤ節」の歌い出しが「ハイヤエー」となっていることから「ハイヤ節」と名付けられたと言われいています。
「神戸ハイヤ節(中央区編)」は、「ハイヤ節」の特徴である軽快な2拍子の細かいリズムに乗せて、「唄ばやし」として、中央区の名所・旧跡が数多く登場しているだけではなく、神戸が以前より港町として繁栄していたことが唄われています。
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